有馬温泉 奥の坊
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女将の奥の坊案内
 
神代の時代、三羽のカラスからはじまった
  有馬温泉の起源といえば、神代の時代にまでさかのぼります。大己貴命(おおなむちのみこと)と少彦名命(すくなひこなのみこと)のニ神が有馬の山中の水たまりで、傷を治している三羽のカラスをご覧になり、「あ、これは温泉なのだ」と発見されたことからはじまったといわれています。
有馬温泉が初めて記録にあがってくるのは、あの『日本書紀』です。631年に舒明天皇が「摂津国有馬温湯に幸す」とあり、638年にも再訪されたと書かれています。
また、奈良時代の『摂津国風土記』には、「有馬は塩の湯が沸いていて、一帯を塩の原山」と呼び、「蘇我馬子(そがのうまこ)の時代に見つかった」という記述があります。

有馬名物、人形筆の由来
  続いて647年には孝徳天皇が左右大臣らたくさんの人を従え、3ヶ月の長期に渡ってご滞在になりました。温泉宮も造営されています。有馬は子宝の湯として知られていましたので、お子さんがいなかった孝徳天皇はすすんで湯につかられ、ついに皇子が誕生したことは歴史上有名なお話しです。
  皇子は「有馬皇子(ありまのみこ)」と名付けられました。今も有馬に伝わる名品の「有馬筆」は、筆の背から童人形が飛び出してくる珍しいものですが、この有馬皇子に由来してつくられています。
  これらの記録によって、有馬は和歌山の白浜温泉、愛媛の道後温泉と並んで、日本三大古泉に数えられています。
人形筆
童人形

有馬の土産物として有名な人形筆。手に持つと筆の後ろからかわいらしい童人形が顔を出します。


奥の坊HISTORY
明治、大正、昭和初期の奥の坊の建物
明治、大正、昭和初期の奥の坊の建物です。
現在とは違う場所にて、木造3階建てで営業
していました。玄関と2階のベランダに人影が
見えます。
大正から昭和初期の送迎シーン
大正から昭和初期ごろの送迎シーンで、「おくの坊別館」という看板、高級車、主人らしき男性、外国人の運転手、奥の坊の仲居さんらが写る、素敵な写真です。

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有馬温泉 旅館 奥の坊
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